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  • 執筆者の写真七色錦華

日本社会に欠けている「楽しむ」を生み出す医療とは

道下将太郎さん(コンセプトドクター)

表参道にあるクリニック「AFRODE CLINIC」を経営する道下さん。「医学的な観点をベースに、医学領域のみにとらわれないアプローチで皆様の人生の豊かさを最大化する」という理念のもと、対処療法ではなく食事や美容などあらゆる分野の知見を活かしてその人に適した治療を行っている。道下さんはもともと脳外科医で、難度の高い手術を数多く成功させてきた。そんな道下さんがどうして他とは全く異なる病院を開設しているのか。その発想の根源に迫った。



■脳外科医として感じた「死」

−−脳外科医を目指した理由は?

「医者というのは多くの分野でみんな同じくらいのレベルに辿り着けるので、差別化が難しい。その点、脳外科だと技術が難しいので、他と差がつけやすい。そう考えて脳外科になりました」




−−脳外科医として高い技術を身につけることができたのはどうしてですか?

「私は頭の中の血管をつなぐ『バイパス手術』を神奈川県で1番多くやっていました。普通の30代の脳外科医よりも倍以上、一昨年には150件もこなしてきました。手術を成功させるのが当たり前だと考えて数多くの手術をやってきたことで技術が進みました」


−−その中で思い出深い患者さんはいますか?

「日本と海外での死の違いを感じた事例があります。お父さんが外国人でお母さんが日本人という5歳の女の子がいました。その子が7歳の男の子と遊んでいた。そしたら5歳の子が崖から落ちて、あと30分で亡くなってしまうという手の施しようのない状況で運ばれてきました。日本人のお母さんはそんな状況なので、ただただ泣いている。一方で外国人のお父さんは部屋の隅で十字架を切って祈っていた。それが宗教を考える一つのきっかけになりました。死を神様のせいにもできるし、祈りを捧げることで頼みの綱にもなる。その時の光景というのは今でも鮮明に覚えています」


−−ハーバード大学など海外での経験はどう


生きていますか?

「私がハーバードに行ったのは22〜23歳の頃です。最新の医療を学ぼうと思っていたのですが、そこの研究室はIPS細胞の研究で世界トップの先生で、普通なら恐れ多くて近づけないところでした。そこでは医療技術がものすごく進んでいて、目の前の水槽みたいなところで人間の膵臓とか肺が作ることができていました。そこで『医療は行き着くところまで行き着いたよ。こんなことまでできるんだから』という話を聞きました。そのとき、私は同時に『医療が進んでしまったせいで生まれた悩み


も多いのではないか』という疑問を持ちました。日本人は歳をとるとよく『ぽっくり死にたい』と言いますが、こうした医療技術の進化によって病院に運ばれてきたら助かってしまって死ねないということが発生します。ただ命を伸ばすことだけが大事なわけではないと思いました。私は自分のプロジェクトを二つに絞っています。『死の向き合い方』と『予防医療』です。ハーバード時代に、これらをやらないといけないという使命感に駆られました。いま10年やってきてようやく芽が出てきたというところです」



■死から考える「豊かな人生」


−−クリニックの名前は「死から生を見つめる」という人生観を現しているそうですね

「私は脳外科医をやっていて一見華やかに思われますが、医者というのは究極のところ大したことはできません。私は医者の真髄というのは、『小さい時にお母さんが頭を撫でてくれたような温もりを赤の他人でも与えられること』だと思います。脳外科医としての経験を通じて、死から学ぶことを生きることに活かしていきたいという思いが強くなりました。それで医療の足りないところを埋め合わせたり、いろんな選択肢を提示できるようにしたいと思い、この名前にしました」


−−いろんな領域を展開していますが、それはどうしてですか?

「根底にあるのは、『医者は大したことはできない』ということと、『どうせ人間は死んでしまう』ということです。ところが、『死と向き合う』という部分が欠けてしまっているせいで、満足できずに生きている人が多いと感じます。僕は全てのプロジェクトで『死のプロデュース』という観点を持っています。死は80歳や90歳で死ぬと思っている人が多いですが、私の同世代でも死んでいる人はたくさんいます。人はいつ死ぬかわからない。それを考えると、『なぜ生きているか』という答えは『楽しむだけ』だと思うんです。そのために仕事をしたり、お金を稼いだりしている。そこで、たとえば障害を持っても楽しめるように、障害者のサポートをするような会社をやっています。また、人生を楽しむ時間を長くできたらいいということで予防医療をやっています。美容医療をやっているのは、美しい方が楽しいという人もたくさんいるからです。その人によっていろんな選択肢を示せるようにしているという感じです」


−−どの分野での患者が多いですか?

「メインは予防医療関連ですね。予防医療は日本では健康診断をやるとか人間ドックをやるというのが一般的になっています。しかし、健康診断をやるだけではダメで、生活習慣を変えないといけません。そのため、食事の内容、運動、メンタル、などを総合的に見ています。うちのクリニックは会員制にしているので、著名な方が多いです。生活全般や健康管理を見ています。日本では、血圧が高いから薬を出すというのが普通ですが、では血圧を低くするにはこれだけの運動をすればいいとか、こういう食事に変えたらいい、といったことを言える医者は全然いない。そうした具体的な生活の改善提案を出すことができて、投薬治療以外のオプションを出すことができるクリニックなんです」


−−なぜ日本では予防医療が普及しないのでしょうか

「日本では保険診療がしっかりしている分、予防医療がその範囲でしか効力を発揮しないという事情があります。たとえば、『調子は悪いけど薬が欲しいわけではない』、『これ以上悪くならないようにしたい』、『原因を知りたい』、という場合でも病院に行くと病名をつけられて薬を出される。そうでないと儲からない仕組みになっているからです。そういう不健康なモデルができている。私が必要だと思っている医療が、今の日本の医療制度ではできないというジレンマがあります」


−−絵がたくさん飾ってあるなど病院らしくないですが、なぜですか?

「まず、病院というと誰しも行きたくないと思うはずです。待たされるとか、ぶっきらぼうな先生がいる、といったマイナスの概念を覆したい。それだけでなく『ここへ行くとハッピーになれる』という空間にしたいという思いがありました。それからアートに関しては、アーティストの人は自分の考えや哲学をプロダクトに落としている。特に精神的に悩んでいる人ほどそうしたアート作品を見た時にアーティストの哲学がハマる時がある。そのアートのおかげで精神的に楽になったな、というものが出てくるんです。アートも処方箋の一つです」


−−これだけ多くのことをやっていて時間が足りないのでは?

「時間はないですね(笑)。ただし、私の中でコアな思いがまとまっていて、それを理解している人が各セクションに一人ずついる感じです。このクリニックにもパートナーがいて、僕の考えを現場まで落とし込んでくれています。このように協力してくれる人がちょっとずつ出てきているという感じです」



■日本社会に欠けている「楽しむ」を生み出す医療

−−人生の豊かさということで、先生の自分自身はどういう時が楽しいですか

「私が通っていた大学はサラリーマンの多い新橋にありました。新橋で飲んでいると彼らがみんな仕事の悪口を言っているのに驚きました。20歳から60歳くらいまでの一番エネルギッシュで、頭がシャープの時期を悪く言う人の意味がわからなかった。だったら他の選択をして、仕事は楽しむためにするべきだし、悪く言うなら辞めるべきだと思う。資本主義に囚われすぎていて、時間をお金に変える国なんです」


−−たしかに、嫌な仕事なら辞めればいいのにと思いますね

「しかし、私はキューバに行っていたことがあるんですが、そこは社会主義で、どんなに働こうと給料は一緒。だから全員働かないかと思っていたら、そこにも医者はいて、それどころか医療技術も高い。自分が人生をかけてやりたいと思うことが仕事になっているのが一番健康なんですね。私は人が喜ぶところや、苦しんでいる人を助けるということに価値を置いている。医者として僕が手術をして、その一人を助けられるというのは満足度も高いが、僕がいたからこそ助けられる人というのは少ない。私はもっと数万人単位で救いたいんです。そうなると、『生きる』ということへの考え方を変えるとか、医療の座組みを変えるということの方が、私が人生を賭けてやりたいことです。それこそが楽しいことをやっているということなんです」


−−最後に今後の展望を教えてください

「いまはメインでやっている表参道のクリニックに来てくださる方の満足度が上がり、健康や豊かさが確立されるというのが最低限の目標です。海外で主流になってきている医療というのは、都市単位やコミュニティ単位で医療や健康を上げるというものです。ですから、私は表参道全体を健康にしたいと思っています。クリニックに来なくてもそこに来ることで健康になる。それを全国に広げていくと日本中が健康になっていく。そういう社会に変えていきたいと思っています」





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